Welcome to Doctor Fuke’s Official Website

このサイトは、医師・ジャーナリストである富家孝の公式ウェブサイトです。
富家孝の活動を知っていただき、みなさんと一緒にいまの日本の「医療」を考えます。

[これが医者の世界]学閥、給料、待遇から見たセンセイたち PDF 印刷 Eメール
作者 kojima   
2009年 1月 05日(月曜日) 12:46
記事索引
[これが医者の世界]学閥、給料、待遇から見たセンセイたち
最近の医者のぼやきエピソード
病院経営は「負のスパイラル」状態
「謝礼」を強要されたうえ手術ミス
患者より賄賂によって薬選び
粗製乱造で医者の質がどんどん低下
試験合格のためのネットワーク
血を見ると失神してしまう学生
出身校とキャリアで決まる序列
  電子化によっても不正はなくならない
全てのページ

医者の収入は世間が思うほど高くない


 ここ数年、私は医者志望の学生が減らないことを不思議に思っている。それは、医者という商売が、昔ほどリッチなものではなくなってきたからだ。
 一般にはまだ誤解されているが、現代の日本の医者はけっして金持ちではない。実家が医院経営でそれを継ぐ必要のある者をのぞいて、現代では医者という職業は、金銭面でも社会的ステイタスにおいても、さらに学問という面においても、それほどのやりがいのある職業ではない。

 生命科学が大躍進し、ヒトゲノムの解析まで達成される時代に、旧来の医者の生き方は、もう通用しない。ただ、この不況下、大学を出ても職がなく、結局はフリーターになってしまうなら、いまだに、医者なら食いっぱぐれないだろうと考える向きもある。しかし、この考えも、もうじき現実ではなくなる可能性が高い。
 なぜなら、日本では少子化がすごいスピードで進んでいるからだ。

 不況のせいもあるが、いま、銀座や赤坂で、クラブ通いしている医者はほとんど見かけなくなった。個人経営でよほどしっかりとした所の院長クラスでなければ、いまは銀座でも飲めない。
 大学病院や大病院の勤務医クラスなら、サラリーマンと同じように安い居酒屋で飲んでいる。ところが、ひとたび医者だと言うと、まだ盛り場ではモテるから、世間の意識が現実に追いついていない証拠だ。

 聞くところによると、いまだに合コンでは、独身の医者は別格であるという。お見合いサークルが開催する医者を集めたパーティでは、女性側の参加費がふつうの場合のパーティよりハネ上がると聞く。また、インターネットの出会いサイトでも、医者はモテているというから、不思議だ。

 人事院が毎年公表している『民間給与の実態』などを見ると、ここ何年も医者の初任給や給料は上がっていない。これは、民間サラリーマンが毎年、給料を落としているのに比べればマシだが、それほどの高給でもない。

 一般病院の場合、新卒医師の平均的な初任給は、約38万円(病院の大きさによって違う)である。
 これを聞くと、一般の大卒より高給だと思われるかも知れないが、医学部は6年教育で大学院の修士課程終了と同じで、かつ国家試験の合格者であることを考えるなら、世間で思っているほど高給でもないはずだ。

 次に一般病院で肩書のない医師の給与だが、平均年齢40歳で約100万円(時間外なども含む)と見ていい。ちなみに、医科長とか診療部長クラスになると、120万円ほどになるが、平均年齢は45歳を超える。さらに、副院長となると約140万円、院長で約150万円といったところである。だが、病院という大組織のトップとしてみると、それほど高い水準ではないだろう。
 
 ところがこれが大学病院となるとぐんと低くなる。研修医が大学病院に残らなくなったのはこのせいもあり、研修生は、かつてはアルバイトをしなければ生活できなかった。大学病院では研修生を終えると助手になるが、35歳で40万円といったところ。時間外もつくが、それは数万円だ。

 大学講師は、平均年齢40歳で約50万。助教授が平均年齢47歳で約59万円、教授が平均年齢57歳で73万円である。
 これなら、大手一流企業のほうがよほど給料がいいはずである。だから、医者は、給料とは別の名目で稼ぎ、謝礼もあてにして生きるようになる。

 では、開業医はどうかというと、月平均収入は、一般的に約200~250万円と言われている。だから、年収としては3000万円ほどになるが、医者なら誰もが開業できるわけではない。現在、開業医の平均年齢は約60歳に達し、また、どんな小さな病院でも開業するには約1億円の資金がかかる。開業資金を借金でまかなったら、経営など成り立たない。

 ただし、これは、現在の日本の保険制度のなかの話で、「自由診療」という世界に飛び出した優秀な医者の収入は、推定しようがない。 

 やはり不景気なのか、最近は医者が3人そろえば、お金の話をしないことはない。たとえば、ある国立の大学を同期で出て、都内民間病院に勤務する内科科長A、大学に残ってやっと助教授になったB、田舎に帰って地方でも有数の民間病院で医科長になったCが、東京のあるバーで再会した。
 ともに、卒業して15年の40歳で、医者としてはもっとも脂が乗っている時期である。もちろん、お互いに妻子があり、住宅ローンも子どもの教育費もある。
 
 まず、Aがこんな話をする。
「いやあ、飲みに行って医者とわかると、愛想はいいけど、フツーのサラリーマンより高い請求書が来るのはかなわんね。この前もあるバーのママに文句を言ったんだが、『あら、ごめんなさい。お医者さまも景気がよくないのね』と取り合ってくれない。なんとか、薬屋に回せたからいいが、世間は医者をまだ高給取りと思っているんだよ」

 すかさず、助教授のBがこう言う。
「キミなんかまだ飲みに出れるからいいよ。うちの教授はケチで、飲みに出る機会はゼロだ。それに、ここんとこずっと論文の下調査をやらされていて、たまらないよ」

 続けて、地方医のCが言う。
「まあまあお2人さん、そうグチらないで。うちの病院も景気が悪い。しかも、最近は付け届けにもめったにお目にかかれない。業者も渋くなった。ただ、田舎だから飲み代は安いな」

 こうして、3人はついに、収入の話になる。
 で、ここで、医者の生活をよく知ってもらうためにみなさんに、質問したい。さて、この3人のうちでいちばん給料が高いのは誰だろうか? 即座に答えられた人は、医者の世界によほど詳しい人である。答えは、次の順に給料が高い。
 1、地方の民間病院の医科長C
 2、都内民間病院の内科科長A
 3、大学の助教授B

 助教授はいいとして、地方病院の方が都内の病院より給料が高いとは驚きではないだろうか? Cが住んでいるのは地方といっても新幹線が止まる中堅都市で、病院の規模もAの病院と変わらない。しかし、年間の給料はAの倍以上なのだ。これには、Aもショックを受けた。


 病院倒産は確実に増えている。ここ数年の見せかけの好景気でなんとか持ちこたえた病院も、世界大不況が来たいまは、どこも火の車だ。

 今後、倒産する病院は、どんどん増えるだろう。
 2001年から2007年にかけて倒産(法的整理)に追い込まれた医療機関の数は、210件に上る(帝国データバンク調べ)。とくに2007年には病院の倒産が相次ぎ、2001年に比べて6倍近くに増えた。2008年の件数はまだ確定していないが、2007年を上回り、2009年はさらに多くの病院が倒産ないし、統合・整理に追い込まれるだろう。

 病院倒産の原因は、なんといっても患者数の減少と不況につきる。国全体の医療費が減っていないのもかかわらず、病院が倒産していくのはそのせいである。とくに厳しいのが中小規模の病院で、これは大病院への患者集中に起因している。倒産した医療機関210件の内訳を見ると、病院(病床数20床以上)が52件、診療所(20床以下)が95件、「歯科医院」が63件だから、やはり、中小ほど厳しいのがわかる。

 さらに、都道府県別の倒産件数を見ると、東京都40件、大坂府27件、北海道18件、神奈川県・愛知県がそれぞれ13件で、都市部で医療機関の過当競争が進んでいるのがわかる。
 医療機関の倒産件数は、2001年以降は30件前後で推移していたが、2007年には48件と前年から一気に1.5倍以上も増加した。とくに、病院の倒産が17件と前年(5件)から3.4倍に増えているのが目立つ。

 また、中小ばかりか、最近では大病院も倒産するようになり、負債額が30億円以上の大型倒産も目立ってきた。帝国データバンクが医療機関の倒産原因を分析した結果では、「販売不振」が最も多く、次いで「放漫経営」、「設備投資の失敗」と続いている。

 販売不振というのは、ずばり診療報酬の減少を指す。医療費抑制のため、2002年から3回続いた診療報酬マイナス改定、とりわけ2006年の3.16%減が病院経営を直撃した。その一方で、不足する医師の確保が人件費増につながり、医師不足が患者減少を招くという、まさに「負のスパイラル」状態に病院経営は陥ってしまった。

 看護基準の保険点数見直しも、病院経営を危機に陥れている。看護師の労働環境改善を図る目的で、急性期一般病棟の患者7人に対し看護師1人という「7対1看護」が行われるようになってから、中小病院はさらに苦しくなった。この「7対1看護」を実施し、夜勤時間を月平均72時間以下に軽減した病院には、入院基本料がアップするという新基準が導入されたのだが、その結果、なにが起っただろうか?

 大病院のなりふり構わぬ看護師集めである。これが、慢性的な看護師不足に悩む中小の病院に、大きなダメージとなったのは言うまでもない。

水増し請求など当たりまえ

 これだけ病院経営が悪化すると、医者も医療も悪化の一途をたどっている。
 どんなことでもそうだが、「貧すれば鈍する」というように、医療の質は低下し、医者のモラルも低下する。

 もともと、病院というところは嘘のオンパレードなのだが、経営が悪化すれば、この嘘はますますひどくなる。すなわち、「薬漬け」、「検査漬け」ならまだましな方で、保険料の「不正請求」などが日常茶飯事化する。

 不正請求というのは、ひと言で言えば「架空請求」である。つまり、処置してもいないことを処置し、出してもいない薬を出したように見せかけることだ。こうした医療処置は「レセプト」(診療報酬明細書)に記載されるが、いまのところ、一部をのぞいて医者側にこれを開示する義務はない。ただし、患者本人や遺族は開示請求が可能だから、最近は、このレセプトの開示を求める患者も多くなった。
 その結果、不正請求は減ったとされるが、以前はやりたい放題であった。

 病院による不正行為は、レセプトだけではない。患者の無知をいいことに、「差額ベッド」に押し込んでしまうということも平気で行なわれている。健康保険の効かない自己負担のベッドを差額ベッドと呼ぶのは、みなさんもご存知と思う。

 この差額ベッドに関しては、使う場合には、病院側は患者本人にあらかじめ承諾を得る決まりになっている。ところが、それをしない病院が後を絶たず、退院時に患者との間でトラブルになるケースが多いのだ。
 たちの悪い医者ほど、患者が気がつかなければいいと思っていて、平気でこれをやるのである。    

 医者と医療の崩壊の話を、ひとつ紹介する。これは、九州での話である。
 心臓病や大動脈瘤など高度の医療技術を必要とする疾患は、一般の病院では治療が難しいため、「特定機能病院」と呼ばれる大病院や大学病院に入院するというケースが多い。九州のある地方に住むYさん(男性・66才)は、近所の病院で受けた健康診断で、胸部動脈瘤が見つかった。そこで、その病院長に紹介状を書いてもらい、特定機能病院に指定されたある公立病院で再検査に行った。

 動脈瘤は破裂してからの手術では、命取りになる可能性が高い。しかし、検査の結果は、緊急性は認められなかった。ホッとしたYさんだったが、循環器外科の担当医は、Yさんが元気で抵抗力があるいま、瘤が大きくなる前に手術した方がいいと言った。家族は、しばらく様子を見てからにすればと気乗りしなかったが、Yさんは手術を決断した。

「入院したら、Sというベテランの看護婦がおるから安心や。いろいろ相談に乗ってくれるけんのう」と、紹介者の院長は言った。そこで、「謝礼」はどうしたらいいか聞くと、「それもS看護婦に聞けばわかるがな」と教えられた。

 Yさんと家族が病室に入るとすぐ、S看護婦が訪ねてきた。
「入院中は何の心配もいらんがですよ。私たちがお世話しますから。ただ、手術前に先生方にご挨拶せんがいかんので、ご用意していますよね?」
 この言葉を、S看護婦の親切な言葉と思ったYさん一家は、その後の言葉に驚いた。
「看護婦たちは手術後でもいいがですよ。でもねえ、執刀してくださる部長先生には10万円、手術前にお渡したほうがいいがですよ」

 もちろん、Yさん一家は謝礼を用意していた。ただ、手術後に「お礼」として渡せばいいだろうと思っていた。しかも、用意して来たのは、3万円だった。 

 するとS看護婦は、そういう家族の気持ちを見透かしたように「手術は一人の先生じゃいけんでしょうが」と言い残してナース室へ入って行ったという。
 もちろん、Yさん一家は、あわててお金を用意し、S看護婦の言いつけ通りにした。
 
 手術当日、家族は手術時間を3時間前後と聞かされていた。ところが、4時間経ち、5時間経ってもYさんは手術室から出てこなかった。途中で1度、若い医師が「思ったより血管が脆くなっていて時間がかかります」と報告しに出てきた。

 6時間近くたって、やっと「手術中」のライトが消えた。集中治療室に移されたYさんは麻酔が効いているとかで眠ったままだった。ところが、1日経っても2日経っても麻酔から醒めなかった。
「手術はうまくいったんですが、血管が脆くなっていましたから、どうも手術後に血栓かなにかが脳へ飛んじゃったらしんです」というのが担当医の説明だった。

「絶対に目覚めてくれますよね」という家族に、その医師は「そんな弱気にならずに元気を出してください」と慰めにもならないような言葉を残し、そそくさと集中治療室を出て行ったという。
 手術から1週間後、S看護婦が「お見舞いに」と久しぶりに顔を出した。
「しばらく入院となればなにかと物入りでしょうがな……」と差し出された封筒の中には、手術前に渡した謝礼と同額の10万円が入っていた。
「いったんお支払いしたもんでがな、これは受け取れません」と封筒を返したYさんの家族だったが、そのとき「これは医療ミスだったのではないか」と思ったという。Yさんは2度と起き上がることはなく、入院生活は亡くなるまで1年半に及んだ。

「病院経営がそんな悪いのに、なんで遊んでいる医者がいるんだ」と、いう声も聞こえてくる。これには、理由がある。
 私に言わせると、いま、遊んでいる医者は、ほとんどが薬品メーカーなどの接待である。都会の大病院でも勤務医なら年収が1000万円を超えるのは、40歳以上になってからが普通である。だから、遊ぶとなれば、患者からの謝礼やメーカーからの接待に頼るしかないのだ。

 たとえば、2000年に発覚した大阪の枚方市民病院の汚職事件を見れば、その接待がどんなものかわかる。この事件では前院長が逮捕され、枚方市では接待内容を公表せざるをえなくなった。それに伴い、社員が略式起訴され罰金命令が下った8社は、さまざまなペナルティが課せられたが、接待した会社数はじつは43社にも達していた。以下が主な社の接待内容である。

 ●協和発酵工業……新幹線の切符代計30万円以上。院外勉強会。ゴルフ旅行
 ●旭化成工業……ゴルフ旅行。忘年会協賛
 ●大塚製薬……院外勉強会。ゴルフ旅行
 ●塩野義製薬……ディナーショーチケット。食事会。院外勉強会。
 ●持田製薬……現金。ディナーショーチケット。ゴルフ。院外勉強会
 ●ファルマシア・アップジョン……現金
 ●山之内製薬……商品券。院外勉強会
 ●ウェルファイト……現金。ゴルフ。院外勉強会

こうした接待、いわゆる賄賂によって遊ぶ医者も馬鹿だが、もっとも馬鹿をみるのは患者である。薬品メーカーの接待の目的は、なんとかして自社の薬を売り込むことだから、当然接待が多いメーカーの薬ほど有利となる。つまり、医者は薬を患者のためという基準では選んでいないのである。

 ただし、新薬の臨床試用に関して、患者の同意を求めて行うのは、問題のある行為ではない。それにより医学は進歩するし、病院もメーカー側から協力費が得られる。患者1人につき10万円の協力費を払うメーカーもあり、病院によっては「新薬の臨床に協力してくれる患者を見つけろ」と、院長自らが号令をかけるところもある。

 ところが、承諾するのは、だいたいが老人患者で、家族は患者に対して愛着をもっていない。だから、臨床報告書を見ると、症例数のほとんどが60歳以上という笑えない例も多い。

 私の家は、大阪で16代続いた医家である。初代は安土・桃山時代にさかのぼるというが、当時の医療がどんなものであったかは知る由もない。ただし、私は祖父、父の代の医者については、実体験から知っている。

 私の親父は、大阪・北河内で開業医をしており、毎年盆暮の時期には、患者さんたちからお米や畑でとれた野菜などがドサッと届いた。また、家には集金係のおじさんがいて、彼は診療代のツケをとりに月末になると街を走り回っていた。

 つまり、あの時代の医者は、患者の懐の具合に合わせて医療を行っていたのだ。私の親父が「赤ひげ」であったかどうかは別として、医者というのはみなそういうものだった。診療代はあるところからとり、払えない人からは時節のものでも持ってきてくれればよしとしたのである。当然、この時代は「医は仁術」であり、貧しい人々への福祉でもあったから、医者というのは「ひとつの立派な生き方」でもあった。

しかし、1961年に「国民皆保険制度」がスタートすると、医者の生き方は変わってしまった。
 国民の誰もがみな等しく医療を受けられる。お金がなくて医者にかかれないという不幸はあってはならないという発想は、あの時代としては正しかっただろう。まさか、その後医者が制度に守られて金儲けに走り、国民も必要もないのにどんどん病院に行くなどと、誰も思わなかったからだ。

 ところが、現実はこちらのほうに悪回転してしまった。いったん経済原則にのっとらない制度ができれば、それは徹底的に食い物にされる。そして、医療費は国家財政を食いつぶし、いまでは保険制度も崩壊寸前である。さらに、これと並行して進んだのが、医者そのものの質の低下だった。

 国民皆保険と合わせてスタートした「医大新設構想」と、「医師150人体制」という構想が医者の質を大きく落とした。「医師150人体制」というのは、人口10万人当たり150人の医者を作るということで、これは当時の欧米先進国並みにしたいという官僚たちの願いに支えられていた。

 その結果、数値目標だけが一人歩きし、新設医大の乱造を招き、その入試は金権入試となって、レベルの低い医者が大量に生産されたのである。当時の新設医大を出た医者も、いまや50代を超えで、立派な「先生」であるから現代の病院ほど恐いところはないかもしれない。

 この「医師150人体制」は1980年代にクリアされたが、と同時に、医者という生き方は単に金設けの手段になってしまった。つまり、このバブル時代に、日本では医療は福祉ではなくなってしまったのだ。

 私が医大を卒業した1972年の時点で、日本の医者の数は約12万5000人だった。それが今や約26万人である。そして、いま、文科省は医者の数をさらに増やそうとしている。これでは、医者に昔のような生き方など求めるのは、どうやっても無理だろう。

 世間ではあまり知られていないが、医師国家試験用の予備校というのがある。国家試験落第生を集め、年間授業料200万円ぐらいをとって、翌年の受験対策を専門に講義する学校だ。普通に医学部を出て24歳だから、通っているのは学生とはいえ立派な大人である。すでに友人たちは社会に出ていることを思うと、彼らはかなりの落ちこぼれであるから、ミジメな気持ちでいるはずと、誰もが思う。

 ところが、彼らはものすごく明るい。だいたいが医者の息子たちで、親からタップリと援助を受け、生活には困らない。しかも、これらの予備校に通うと翌年にはほとんど合格してしまうのだ。

 このへんのカラクリをズバリと書くことはできない。ただ、国家試験の問題というのは、いろいろな大学の教授が持ち回りで作成するので、今年は誰々となれば、そこの大学の学生は有利になる。授業中それとなく、出そうな問題をもらす教授がほとんどだからだ。

 こうした情報は、驚くほど早く伝わる。私が昔聞いた話では、そういう教授に直接賄賂を贈って、息子の合格のために問題を聞き出した医者もいるからだ。その謝礼の額は確か数千万円であったが、現在では個人でこんなことをする人間はいない。合格率のアップはもっと組織的に行われているといっていい。

これは歯科医師国家試験の例だが、2001年正月に、奥羽大学を舞台にした試験問題漏えいが発覚、教授が逮捕されるという事件があった。この報道の過程で、私が驚いたのは次のような話である。

 朝日新聞の報道によると、国家試験の前日に各大学の受験生は同じホテルに泊まり込み、コピーサービスを受けたのだという。もちろん、コピーには出そうな問題や情報がプリントされ、その数100枚を超える。このコピーを配るのは、その大学の試験対策委員という学生代表で、彼らは6年生の秋から冬にかけて大手予備校や他校と情報交換し、当日はホテルでファックスを使い情報をやりしたという。

 こんなネットワークがあれば、すべては筒抜けである。これで落ちる学生は、よほど頭が悪いといわなければならない。奥羽大の場合は、この試験対策委員の学生が使っていたノートパソコンが警察に押収され、事件が解明されたようだ。もちろんデータは消されていたのだが、専門家により修復されたという。

 ともかく、現代の学生たちはこうして医者になる。つまり、この世には医者になれるわけのない医者があふれてしまっている。

「人助け」「命の救済」が医学の目的なら、外科こそが医者の王道である。長く、そう言われてきたし、私もそう思ってきた。これは、医者の映画やドラマがほとんど外科医を主人公にしているのを見れば、なるほどと思うはずだ。しかも、映画やドラマに登場する外科医は、みなハンサム(女医なら美人)でヒューマニストであり、ヒーロー(ヒロイン)の資格十分である。

ところが、この外科は、いまの日本では急速に、人気を失っている。
「神の手」を持つと言われる南淵明宏氏のような外科医は例外で、いまの学生たちには、外科医は人気がない。世間では『ブラックジャックによろしく』ようながヒーローたる外科医が人気でも、若い医学生には人気がない。

 この傾向は年々顕著で、最近の若い外科医ほど恐いものはない。というのは、人気衰退とともに、優秀な人材が他の科目へ逃げてしまい、なんとなく外科をやっている人間が多いからである。彼らは平気で「何時間も立ちっぱなしで手術をするなんて耐えられない」と言う。

 また、「血を見るのがイヤだ」という者もいるから、信じがたい。
それならば、はなから医者など志すべきではないと思うが、少しばかり勉強ができるばかりに医学部に入ってしまったのである。こういったオタク系で試験得意学生は、医学部に来て初めて人間の臓器や血液を見るから、臨床研修で失神してしまうことがある。これでは現代の若い外科医が信用できないのも無理はない。なにしろ手術をイヤイヤやっているのだ。

 医者の世界というのは、序列のはっきりした世界である。病院というと、ひとつひとつがまったく独立して存在しているように見えるが、日本の会社に系列があるように、病院にも系列があり、序列が存在するのである。

 だから、患者側としては、こうした序列を知っておくことは大事だ。私は一流医学部出の医者、一流大学病院がいいと言っているわけではない。しかし、ヒエラルキーを知るのと知らないので、医者選びにも大きな差がつく。

 このヒエラルキーの頂点に立つのは、やはり大学病院である。大学病院の下には、都道府県率病院や公立の医療センターがあり、その下には市民病院、ずっと下がって個人の開業医院という上下のランクがある。

 そもそも大学病院の設立目的は、診療・研究・教育(医学部学生)の3点に集約される。大学病院が日本の病院の頂点に立つのは、基礎研究および医学生の教育を行なっているからだ。
 
 現在、約26万人に及ぶすべての医師の98%は、日本にある79の大学医学部のうちのどれかの出身者である。
 つまり、日赤医療センターであろうと虎ノ門病院であろうと、あるいは地方の市民病院や全国津々浦々の診療所にいたるまで、そこで働く医者のほとんどすべては、日本のどこかの大学医学部の出身者なのである。当然のことながら、それぞれが出身大学、あるいはよその大学医学部の付属病院で、医学生時代に教育を受けている。

 多くの医者にとって大学病院に残り、教授になることが最大の名誉とされるが、その一方では、教授選に負け、あるいは自ら志願して、県立病院や医療センターへと出向く者もいる。さらに親の医院を継ぐ医者もまた多い。

 大学病院はさらに、旧学閥系、独立系、新設系に分けられるが、患者の圧倒的支持があるのは、やはり伝統を誇る旧学閥系の大学病院だろう。

 日本は肩書きとブランド社会であるから、患者は個々の医者の実力よりも、かえってそちらを信用する。このことを批判する向きもあるが、私は、患者側のこうした判定基準が、外科医などをのぞいては、大筋では間違っていないと思う。つまり、医者の当たりはずれである。

 しかし、これをあまり強調すると、学歴差別、人間差別になるから、誰も大声では言わないだけである。東大卒の医者と地方の新設医大卒の医者が同じ地域で開業したら、あなたはまずどちらに足を運ぶであろうか?

 アメリカの病院では、医者はすべての情報をオープンにしている。患者の目のつくところに、卒業大学名、専門、外科医なら手術の実績などが明示されている。たとえば、名門ジョンズ・ホプキンス大のメディカル・スクール卒と、ハッキリと書かれている。

 しかし、日本の病院ではそんなことはどこにも書いていない。患者は、診察を受けるまで医者の学歴も実績もなにも知らないことが多い。これが患者からお金を取るビジネスと言えるのだろうか。

 現在、日本の医療保険財政は危機的状況にあるが、年間30兆円を超える医療費の約3割が、医療機関からの不正請求だとも言われている。驚くべき数字だが、それだけ医者の懐具合も厳しいということだ

 医療費をめぐる不正は、2006年度をみると、124の医療機関が不正請求を摘発されて監査を受け、歯科医師24人、医師17人が保険医登録を取り消されている。また、そこまでいかなくても、個別指導を受けた医療関係者は、なんと約7000人にのぼっている。

 そんなこともあって、厚生労働省は2007年から、診療報酬の不正請求対策として、架空請求や水増し請求等の不正を摘発する「医療Gメン」と呼ばれる指導医療官を増員する方針を固めた。ただし、「医療Gメン」の増員で目指す不正請求された診療報酬の返還額の目標は、わずか100億円である。例年の不正請求の返還額は約60億円だから、これを倍増させようというわけだ。しかし、そうして摘発しても、氷山の一角しかなくならいだろう。

 そこで、現在、さらなる取り組みとして、レセプトの電子化が進められている。レセプトは現在のところ「紙」でも「電子媒体」でも請求ができるが、今後は、2011年4月までに約22万の医療施設・調剤薬局において、原則としてすべてオンライン請求化することを目指している。こうすれば、不正請求もしづらくなるはずだと、厚労省は考えたのである。

 しかし、大病院はともかく、小規模病院や診療所、薬局などでは、オンライン化のための専用回線を結ぶのは、経費がかかりすぎて現実的ではない。それではと、メールによる添付という方法も考案されたが、これは個人情報の流出の恐れがある。それで、いまのところ、NTTデータがIP-VPNを構築して専用端末を提供するという計画になっている。

 だが、これで不正請求がなくなるかと言えば、医者である私の目から見ても、ありえないと思う。

 というのは、レセプトの審査というのは、結局は、人間が行うからである。レセプトが審査支払機関に提出されると、請求内容が保険診療として相応しいかどうかのチェック(一次審査)が行われる。それは、結局は人間の眼によるチェックだからだ。電子レセプトといっても「紙」の代わりに画面を見るというだけ。これでは、以前となんら変らない。つまり、ロジカルチェックは不可能に近く、審査でのチェック漏れや甘さは、解消されないのである。

 したがって、不正請求はどこまでも患者個人が注意するしかない。そのためにも、病院では必ず請求書をもらうことを忘れてはならない。
最終更新 2009年 9月 10日(木曜日) 01:18
 
Free template 'I, Gobot' by [ Anch ] Gorsk.net Studio. Please, don't remove this hidden copyleft!