こうやって医者、病院と闘え 印刷

 私もこの問題の当事者

 ここ何年にもわたって、医療事故、医療過誤(医療ミス)問題が、マスコミをにぎわしている。私も、この問題にコメントすることも多い。また、2006年には、長男が医療事故にあい、私は、母校を刑事訴訟することになった。したがって、私は当事者でもある。

 そこで、ここではまず、私がこの問題に対して『週刊文春』に書いた記事を収録し、この問題に悩む方々の参考の一助としたい。そして、その後は、事例を挙げて、この問題を解説してみたい。

 またさらに、この問題に関しては、データを追加したり、私なりの考えを発信したりして、更新していきたい。

医療ミスとはなにか?

 2007年の医療事故は、大学病院や旧国立病院から報告された分だけで1266件あった。しかし、そんな報告例の向こう側には、その何倍、いや何十倍の医療事故が隠されている。

 一般に「医療過誤」(医療ミス)とは、医療事故のうち、医者側の過失で起ったものを言う。ただし、医者側はなかなかミスを認めないし、また解釈などにより、ミスかどうかを判定するのは難しい。

 したがって、最近は「医療訴訟」に持ち込まれるケースが増えている。

 では、医療ミスには、どんなものがあるだろうか? 

  1、診断ミス
  2、検査ミス
  3、手術の失敗
  4、全身管理の不全
  5、投薬量、点滴などの間違い
  6、薬の副作用
  7、看護ミス

 

 などが挙げられる。しかし、もっと大雑把に捉えると、病院で起る医療ミスは、次の3つしかない。ミスには必ず、それを犯した人間がいるからだ。 

  1、医者の過失による医療ミス
  2、看護婦の過失による医療ミス
  3、それ以外の医療ミス(医者と看護婦の複合的なミス)

 

 単なる事故か、それともミスか? そして、もし、あなたの身内がそんなことに巻き込まれたらどうしたらいいのか? 以下、週刊文春(2008.2.28)に寄稿した記事である。

 医療過誤 「病院と闘う」7大鉄則

 医師という種族は自分の非を認めないし、決して謝らないもの。自らも医師であるジャーナリストの富家孝氏はこう喝破する。ならば、今そこにある医療過誤からどう身を守ればいいのか。「白い巨塔」と付き合うのに知っておかなければならない鉄則をお伝えする。

長男が被害を受けた医師だから言える

 厚労省は今、医療事故の死因調査にあたる第三者機関(医療事故調査委員会)制度の設立準備を進めており、そのための法案の今国会提出を目指している。

 これは一見、昨今続出する医療事故をめぐる訴訟、刑事事件を公正かつ客観的に審議するための組織・制度作りのようにも受け取れるが、「第三者」という言葉に惑わされてはならない。昨年11月29日に政府与党から示された原案を見ると、まず「医療関係者の責任追及を目的としたものではない」としており、警察による医療死亡事故の捜査は「故意や重大な過失のある事例に限る」「刑事手続きは悪質な事例に限定するなど、謙抑的に対応すべきもの」などと記されている。

 よほどのことがない限り、警察など司法の介入を排除したい――。つまり、この第三者機関は、「医療訴訟は減らすべき」という前提のもとに設けられようとしている組織なのだ。

 そもそもこの第三者機関制度設立背景には、頻発する医療訴訟が医師不足の一因になっているという医療側および国の認識がある。国民がすぐ医療事故だと騒ぎ立て、訴訟を起こしたりするから医者のなり手がなくなる。訴訟が減れば医者不足が解決するという発想だろうが、呆れ果てるしかない論理だ。

 国民が医療過誤に黙っていられない現実が往々にしてあるからこそ、医療訴訟が急増しているのではないのか? 実際、医師による人為的ミスと偶発的な事故とを合わせた、いわゆる医療過誤は、現代の日本人の誰もが被害に遭う恐れがある。

 たとえば、日本には現在約1200万人の入院患者がいるとされる。そして日本の医療技術が仮にアメリカと同レベルだとしよう。

 アメリカでは1999年、入院患者のうち0.4%(9万8000人)が防ぎうる医療過誤によって死亡したというデータがある。その比率を日本に持ち込めば、日本では毎年「1200万人×0.4%=4万8000人」もの人々が、医療過誤で亡くなっている(はず)ということになる。

 もちろんこの4万8000人という数字は、公に認められたものではないが、良心的な医療関係者や研究者たちの間では、当たらずとも遠からず、十分あり得る人数として認識されているものだ。

 年間4万8000人という数字は、肺ガンで亡くなる人(毎年約6万3000人)や胃ガンで亡くなる人(約5万人)に近く、大腸ガンで亡くなる人(約4万1000人)よりも多い。近年、急増ぶりが問題になっている自殺者の数(約3万人)に比べても、はるかに多い数字だ。

 確率から考えると、日本人の死因のいまや「隠れ上位」ともいえる医療過誤の深刻な現状は、とても他人事として看過できるものではない。

  それではなぜ、公になる医療過誤と、潜在的な確率の間に大きな差が生まれるのだろうか。それは医療過誤が常に医療側(医師および病院)による事実の隠蔽と、資料の改竄によって封じ込まれてきた歴史があるからだ。それは実は、今もほとんど変わらない。

 たまたま情報開示が叫ばれる時代の流れのなかで、昔よりは患者側が情報を得やすくなったため、医療訴訟のニュースもさほど珍しくはなくなった。しかし、訴訟に至るなど、白日の下にさらされる問題事例は、やはり氷山の一角にすぎないと推定できる。

  私自身、長男が脳血管造影検査の最中に脳梗塞をおこした件で、母校の慈恵医大を警視庁に刑事告訴しなければならなかった。専門知識があり、医師の友人も多い私だから、長男の治療に不審を抱いたが、一般の人にはそれも難しいと思う。それなのに、前述のように、医療訴訟が増えてきたことが医師不足現象の一因になっているとする珍説も、一部医療関係者の間から堂々と出てきている。「ちょっとしたミスをいちいちあげつらわれていたら、医者などやっていられない」、そう考える医師(研修医)が増え、それでとくに訴訟の多い外科医や産婦人科医などの志望者が激減しているという論法だ。

 しかし、ちょっと待ってほしい。新幹線の運転士でも飛行機のパイロットでも、人命を直接預かる人間の仕事上のミスが、特に重く受け取られるのは当然のことだ。だからこそ、一般人には考えられない高給や身分の安定が保障されているのだ。

 もちろん最善の策を尽くし、医師の側に何の落ち度がなくても、偶発的な医療事故が起こることは少なくない。ところが自分の側に非があればあるほど、医師や病院は隠蔽・改竄に走る。ましてや謝罪などしない。

 である以上、医療過誤の疑いを持ったら、何の遠慮もいらない。その疑念をどんどん医師や病院にぶつければいい。市民の側の厳しい目が、まっとうな医師を増やす原動力にもなるはずだ。その結果、より高いプロ意識を持つ医師も増える。それで志望者が減るという言い分は、世迷言にすぎない。

 いつどこで、誰が医療過誤に遭わないとも限らない世の中だからこそ、一般市民も日ごろから自衛策をとる必要がある。

 次に掲げるのは、その自衛のための7つの鉄測だ。

 (1)病院で手術を勧められたら必ず、他の療院に行ってセカンドオピニオンを得るべし。

  医師から手術を勧められると「そんなに悪いのか」とショックを受けるせいか、大した検討も加えず、意外に素直に従ってしまう例が多いようだ。

 だが医師が替われば見立てが替わることも少なくない。手術をしなくとも回復する方策があるかもしれない。また手術をするにしてもいろいろな角度から検討して、病院や医師を選ぶべきだ。 

(2)病院のホームページをチェックせよ。

  今や多くの病院がHP(ホームページ)を開設している。特に手術設備があるような病院は、ほとんどすべて持っている。

 具合が悪くなりたとき、行きつけの病院がない人はインターネットで情報収集する傾向があるため、いまやHPは病院にとっても最大のPRの場なのだ。だから病院側もHPには力を入れており、その分、病院や医師たちの本性が出やすい。

 HPでは、とにかく医師の名前やプロフィール、外科の場合には扱ってきた症例数などを詳しくチェックするべきだ。

 病院の伝統や高邁な理念、設備の自慢のようなことばかり書いて、肝心の医師の技量に関する情報、患者にとって本当に必要な情報(診察の流れや治療法の説明など)に乏しいHPしかつくれない病院は、本来の意味でのホスピタリティ(患者に対する慈しみなど)に欠ける病院である可能性が高い。

 (3)このドクター(病院)なら大丈夫と思い決めた瞬間が「思考停止」の始まりと心得よ。

  日本全国には現在、医師が約27万8000人いる。病院は約9000軒ある。何も「このドクターなら絶対! この病院なら絶対!」などと決め付けることはない。ある時点では名医であっても、ずっとそうであるとは限らない。

 医師や病院のいうことを妄信せず、常によりよい医療を見つけるよう、患者側が不断の努力をすることも、医療過誤を回避する重要なポイントだ。

 (4)病院での治療に不審を感じたり、疑念を持つような事態が生じたら、速やかにあらゆる検査データをもらおう。

  あらゆる検査データは医師が預かっているだけで、本来、患者に帰属するべき個人情報である。すべてを開示しなければならない義務が、病院や医師にはある。

 セカンドオピニオンを求める際にも必要だし、自分の治療がどのように進められているのかを知るためにも、検査データ等は重要な資料になる。

 それを患者に請求されていい顔をしないような病院、医師なら、その場でサヨナラすることをお勧めする。

(5)認定医や専門医は玉石混淆で、意味がないと思え。

  学会認定医、学会専門医などの肩書きは、実は有名無実のシロモノだ。ほとんどの場合、自己申告制で認められる。

 ある学会のように、会員が1万1000人いて、そのうちの1万人が専門医に認定されている笑い話のような例もある。

 心臓外科医の例では、専門医と呼ばれる医師が約3000人もいるが、きちんと手術数をこなしているのは、わずか100人程度に過ぎないのが実状だ。

 (6)「神の手」を持つ医師もいれば、「紙の手」の医師もいることを肝に銘じよ。

  世の中には実際、「神の手」と称されてもおかしくないような凄腕の外科医がいる。そういう外科医は年間に数百例の手術を行い、高い成功率を記録する。

 一方では、年間に数回しか手術しないのに、大学教授として世の尊崇を受けている医師もある。

 こういう医師のことを、研究論文ばかり書いて手術室とは縁遠いという意味で、私は「紙の手」と呼ぶ。

 実際、大学教授だから手術が上手いとか、見立てがいいなどという根拠は、まったくないのだ。それよりも一流の外科医ならば、論文を書くヒマがないほど引っ張り凧で、手術を毎日のようにこなしていることを知るべきだろう。

 外科医療で死亡事故を起こす医師の事例を調べると、「名前だけの外科医」が体面を保つためにたまたま手術に手を出して失敗した、というケースがかなり含まれるのだ。

 (7)これは医療ミスではないかと思われるような状況に遭遇したら、医師の説明を受けるたびにメモを取るようにしよう。

  医師は自分がミスを犯したとき、まず十中八九がウソをつくと思ったほうがいい。しかし、とっさのウソなので、きちんと検証すると矛盾が生じやすい。

 だからミスの隠蔽を防ぐためにも、そういうときの医師の説明(言い訳)には、メモをとることをお勧めする。

 日常的な治療方針などの説明にも、メモをとることは悪くない。医師は緊張し、その場しのぎのゴマカシや言い訳ができなくなるという効果もある。

それでも医療過誤にあってしまったら

  以上、医療過誤になるべく遭わないための7項目を説明してきたが、それでも医療過誤に遭ってしまったらどうすればいいか。

 即座に弁護士に依頼し、証拠保全しよう。カルテや検査データ、看護日誌などを隠蔽されたり、改竄されたりしないよう、証拠を押さえるのだ。

  それから弁護士に依頼する場合は、医療弁護士(医弁)を選んだほうがいい。

 例えば東京には現在、200人程度の医療弁護士がいるとされるが、医療訴訟には高度な医療知識が必要だ。インターネットで検索すれば、医弁の情報は得られるだろう。

  最後に――。繰り返すようだが、普段は温厚で、患者にも誠実に接することで定評のあるような医師でも、医療過誤が起きると、まず十中八九はウソをつき、証拠を隠蔽しようとするものであることを肝に銘じたい。医師というのは、とにかく頑ななまでにミスを認めたがらない人種であり、人に謝ることのできない人種だ。

 私は医療訴訟に至った人(患者側)から数多く話を聞いてきたが、その9割以上が、訴訟を決断したきっかけに「医師からの謝罪の言葉がなかった」という理由を挙げている。

  最近は医療裁判において、患者側が敗訴する例が続いている。特に刑事告訴をしても、検察が医療事故を起訴に持ち込みたがらない傾向がある。しかし、だからといって患者側が泣き寝入りしたら、日本の医療過誤は増えるばかりだ。

 医療過誤に遭わないに越したことはないが、不幸なことに被害者となったら、闘う。そういう市民の姿勢が、日本の医療をよりまっとうなものに変えていくはずだ。 (『週刊文春』記事終わり)

それでも医療過誤にあってしまったら 

 「ディスクローズ」という言葉がある。

 情報開示という意味であるが、医療ミスの問題を考えると、私の頭にはまずこの言葉が浮かんでくる。現在、医療ミスは連日のように報道されている。しかし、それはメディアが報道したり、患者が裁判を起こすからであって、医療側(病院と医者)が自らディスクローズしたものは、ひとつもない。

 つまり、日本の医療というのは、これまですべて闇の中で行われてきたのだ。そして、その闇にやっとメスが入れられたから、医療ミスが明るみに出てきたのである。だから、今後、医療ミスはますます明らかになるだろう。

 では、日本では、どのくらい「医療ミス」が起っているのだろうか? 残念だが、そんな統計はない。たとえあったとしても正確ではない。ただ毎年、裁判所に立件された医療事故案件は1000件に満たない。もちろん、裁判になるものだけが医療ミスではないから、その背後には、何十倍もの医療ミスが起っていると考えてよい。

 そこで、単純に推測で述べると、日本には病院と診療所を合わせて約10万軒の医療施設があり、その1軒1軒で年間1回の医療ミスが起こるとすれば、10万件ということになる。

  また、医療の最先進国アメリカでは年間約4万4000人が医療ミスで死亡しているというデータがある。とすれば、アメリカの人口は日本のそれの約2倍だから、日本では年間約2万2000人が医療ミスて死亡していなければおかしい。

 この2万2000人という数字がどんなに恐しい数字かというと、年間の交通事故死亡者の約4倍なのである。つまり、日本では交通事故で死亡する人より、医療ミスで死亡する人のほうが多いのだ。