10/07/05●医療版「事故調査員会」迷走の問題点を整理すれば 印刷

厚生労働省が創設を目指す医療版事故調査委員会のあり方をめぐり、議論が迷走している。このままでは「医療事故の真相究明と再発防止を図る」という役割が期待できないし、医師が刑事事件を逃れるための隠れみのとなってしまう恐れが強い。

 そこで、この議論迷走の原因を探り、問題点を整理しておきたい。

 厚労省の設置法案では、届け出を受けた医療事故のうち、(1)カルテ改ざん (2)事故を繰り返す (3)故意や重大過失――については警察に通知する。当然だと思うが、昨年9月に法案の大綱案が出された時、日本救急医学会や民主党の一部議員からは「警察の介入を招く」、医師の一部からは「医師の行為を業務上過失致死罪に問うのはおかしい」などの反発が起きた。
 確かに、患者を救うためリスクのある治療に挑む医師が指弾されるようでは困る。しかしこうした人たちの主張は、設置法案どころか刑法の規定に正面から異を唱え、自分たちの行為の一切を刑事責任追及の聖域に置くという驚くべきものだ。この理屈が通れば、「技量が劣る医師が手術中に誤って頸動脈を切ってしまった」「素人同然の医師が専門医に相談や応援を頼まず手術を断行し、患者を死なせた」というケースは、刑事面ではおとがめなしということになる。

 刑事免責を求める主張は、医師が自らを特別視している現れであろう。司法人口拡大に対し、一部弁護士が「過当競争を招き、生活できない者が出る」との理由で反対しているが、同じような誤った特権意識を感じる。あらかじめ全員に成功が約束された職業があるはずはなく、刑事免責を約束された職業もあるはずがない。
 医療事故に対して「謝罪なし」「隠ぺい・改ざん」を押し通してきた事例を、私は数多く見てきた。医療はサービス業である。顧客の期待に応えられないレベルの医師が一定程度いて、そうした医師に当たると死亡することもある、というのでは何のための医師免許なのか分からないではないか。
 最近では、「医師が萎縮する」「なり手が減る」などと、医療事故の追及が医療崩壊につながるかのような議論も見受けられる。医療政策の誤り、劣悪な労働環境、病院経営者の無策などが主因の医療崩壊と、未熟な医師が患者を死なせる医療事故とはまったく別問題である。医療を人質に取るかのような論法は理解されないだろう。
 警察当局は「医療界が医療事故と真摯に向き合うという前提で制度に協力する」姿勢と聞く。事故調が刑事免責のための組織となって医師を特別視する風潮が強まれば、今以上に医療事故は増えるだろう。遺族も事故調に期待しなくなる。